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芳心院

芳心院(ほうしんいん、慶長19年(1614年) - 元禄4年(1691年))は、江戸幕府第3代将軍・徳川家光の側室。父の名は伝わっていないが、牛込榎町の徳円寺住職とされる。名は琴。

その経緯や奥勤めの開始年など詳細は不明。家光との間に子を産むことはなかった。慶安4年(1651年)に家光が亡くなった後は落飾して芳心院と号した。
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元禄4年(1691年)に78歳で没した。墓所は不明。芳心院は子女をなさなかったことから、その出自などの詳細が伝わっていないものと思われる。

芳心院(ほうしんいん、生年不詳 - 文化5年閏6月7日(1808年7月29日))は、江戸幕府第11代将軍・徳川家斉の側室。父は旗本の木村重勇。名は美尾、八十、筆など。

始め家斉との間に産まれた子どもは死産したが、その後は十一女・浅姫(松栄院)を出産。浅姫はその後、越前福井藩第12代藩主松平斉承室となる。

文化5年(1808年)閏6月7日、死去。墓所は東京都文京区の伝通院。

芳心院(ほうしんいん、寛永8年9月22日(1631年10月17日) - 宝永5年11月28日(1709年1月8日))は、鳥取藩主・池田光仲の正室。徳川頼宣の長女。名は因幡姫、茶々姫。

池田光仲に嫁ぎ、長男池田綱清(後の鳥取藩主)、次男池田仲澄(後の鹿奴藩主)を生む。

宝永5年(1708年)11月28日、78歳で死去。法名は芳心院殿妙英日春大姉。墓所は池上本門寺。

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2009年05月30日 11:21に投稿されたエントリーのページです。

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